完璧主義の人が目指す完璧は物事のベストとは違うかも?

こんにちは。まな(@manalog29)です。

自分でいうのもなんですが、私はもともと生真面目な性質です。

なので、何かしらの物事について
「ちゃんとやろう」と思った瞬間に、
それをどこまでも突き詰めることをやろうとします。

もちろん自分の知覚範囲・
経験として分かっている範囲ではありますが、
「ちゃんとなっている」状態が脳内で高い確率でイメージできて、

しかも完璧を追求する性質ゆえに、
イメージできることはできるできないに関わらず
高水準のものになりやすいので、

その「完璧な状態」を追い求めてしまうと
何にも妥協ができなくなって、
当たり前に取り組む自分にとってはしんどいことになりやすいです。

これ、自分もそうだ!という人、結構多いんじゃないでしょうか??

完璧を追求しやすい人が考えてみるといいこと

もちろん完璧を追求できるのであれば
それが理想だと思うのですが、
我々は生身の人間なわけなので

  • 体力的にしんどい
  • 時間的に厳しい
  • 能力的に難しい

 

ということはザラにあります。

物事の完璧を追い求める上では
ある意味自分の能力やキャパシティなんてものは
置き去りにされていることもよくあるので、
むしろメチャクチャ多いんじゃないかと個人的には思います。

なので、知っておくとよいこと。

脳内で作り上げた完成形イメージが
いかに素晴らしく完成されたものであったとしても、

・現実にその水準が必要かどうか?
・実際にそれを作り上げるための準備があるか?

というのは、また別の話だということです。

その仕事においてのベストを追求する

上で書いたのは、完璧を求めるがゆえに、
完璧がイメージできてしまうがゆえの落とし穴で

生真面目な人、神経質な人、繊細な人、融通がきかない人

は、割と陥りやすいのではないかなと思います。

なので、もし
「うわぁーーーめっちゃ思い当たるわーーーーーーー」
という人は、自分自身が理想とする
スペシャルパーフェクトな完成形は、それはそれとして。

「どうやらこの物事には、これがベストな形らしいぞ」

と、どんなに歪でも整っていなくても
「その物事においてのベストである」状態を追求することを、
心に留めておいてほしいなと思います。

※これ、割と気持ち悪くて、
いーーーーーーーーーっとなるかもしれません。

ですが、特にサポートの役職についている人は
「自分のベストパフォーマンスを出すこと」よりも
「請け負った仕事を”相手の望む形で”出す」ということ
とても大事なんですよね。
(相手の言いなりになるという意味ではないです、念のため)

仕事は相手ありきのものであり
決して自己満足でやるものではないので、
自己満足でやるなら、自分で事業をやるのが良いかなと思います。

ベストが「自分の完璧」ならそれを追求したらいい

もちろん、その物事におけるベストの形が
「自分が思う完璧」と同一なのであれば、
それはもう、思う存分に完璧主義で突き進んだらいいと思います。

でも、少なからず

そこまで求められていないのに追求して、
結果自分を追い込む・苦しめる・何も生み出せずに終わる。

ということはあって、
生真面目な完璧主義の人ほど
いいもの(人の助けや喜びになるもの)を持っているのに
上記の理由から世に出せていないということは、
もう、もう、もう、本当によくあります。

少なくとも私の周りには完璧主義のせいで
いいものを放出できていない人がたくさんいて、
多くの人を助けられる・
幸せにできる機会を損失をしているな〜〜と
思うことは本当によくあります。

つまり何が言いたいかというと

完璧主義もほどほどに。

と、この一言につきます。

まとめ

  • 完璧主義の人は、知らず知らずに自分を追い込みがち
  • 本当にそれが求められているか?それができるだけの準備があるか?を確認してみよう
  • その物事のベストを知り、それを追求する
  • ↑が自分の思うベストと一致するなら存分に追求したらOK!
  • 自分の完璧主義で世の中の人が助かる・幸せになる機会を奪わないようにしよう

 

おしまい。