サービスよりも大切な「フォロー」の存在。


思考停止はダメだってよく言われるけれど、
私は自分がサービスの受け手や参加者になる時は
むしろ積極的に思考停止していたい希望があります。

普段の仕事がサポートや運営側だから、
仮にプライベート等で
自分がその立場になかったとしても、
つい「場を回す」という視点で
物事を見てしまうクセがあって、
そうすると、色んなことが気になりだす・・・。

  • あれはこうした方がいいんじゃないか
  • ここにあれがあるといいんじゃないか
  • こうしておいてあげるとスムーズだよね
  • あそこ足りてないからやってあげた方がいいかな・・

っていう、
THE・職業病。

恐らくその視点に長けてしまっているので、
その場の違和感や
惜しいポイントを見付けやすく、
見付かってしまうと

どうしたらよりスムーズだろう?

と、自分の楽しみそっちのけで
場を円滑に、物事をスムーズに
成り立たせられるように
頭の中で色んなシミュレーションが始まります。

立場としては参加者なのに、
気持ちとしては主催者側になってしまう。

そうすると、終わる頃には

(あれ、私って
何のために参加したんだろう・・・)

と、楽しむことも
リラックスすることも出来ず、
自らに徒労を強いてしまった感が強くなり、
ガッカリ感(その場に半分、自分に半分)で
終わることが割とあるなぁと感じています。

“普通に楽しむ”ためのハードル

「普通に楽しんだらいいのに」

と、知り合いの多くは言いますが、
そもそもその「普通に楽しむ」が難しい。

何かをただ普通に楽しむには、
自分の中にある違和感センサーと
改善センサー(しかも割と高性能)を
くぐり抜けてサービスに
到達することが必要なのだけど、
大体どこかで何かがセンサーに引っかかってきます。

多少のものだったらスルーもできるけれど、
センサーの鳴る回数が増すごとに
もういよいよスルーできなくなっていって、
そうなると頭の中は
「こうしたらいいのに」でいっぱい。

そこに「普通に楽しんだらいいのに」
と言われたところで、

「じゃあ普通に楽しませてよ!」

と、懇願にも似た想いを
叫びたくなることは必至です。

少し前までは、
こんな風に素直にサービスを
受け取れない自分を

「なんか粗探ししては
ケチつけてる嫌な人間みたいだな・・」

と思っていたりもしたけれど
(そして今もたまに思うけど)、
きっとそれってそうじゃなくて、

そもそも

サービスを受ける以前の
“フォロー”が足りていない。

というものが、
世の中には多いのだと思いました。

「大丈夫かな?」
と心配させない安心して集中できる環境づくり

サービスを提供するにあたって、
受け手の意識を
その場に関係ないことに向けさせない、
思考の余地を与えないことは
私はとても大事だと思っています。

だって気が散ってしまったら、
そこで最大限享受できるハズの素敵なものたちが
どこか色褪せてしまうということが実際にある。

さっきの私の例だと

「普段サポートを
してるが故の視点が刺激される」

というのが理由になってくるけれど、
これはサポートの仕事を
しているしていないに限らずの話です。

例えば、
美味しいご飯を食べに行ったら
そのご飯の美味しさを楽しむためだけに、
五感と思考を使って、
美味しいご飯の幸せに包まれたい。

似合うお洋服を探しに行きたかったら
ショップの中にある
たくさんのお洋服たちの中から、
自分にピッタリのものを見つけることに
エネルギーを注ぎ込みたい。

そういうのと同じ。

それを、例えばスタッフ配置が足りなくて
お料理がなかなか出されないと

「大丈夫かな?オーダー通ってるかな?」

と心配になってしまって
気持ちがソワソワしてしまう。

フロアガイドが複雑で
どこにどのブランドがあるのか分かりにくいと、

「大丈夫かな・・無事たどり着けるかな・・」

と、やっぱりドキドキしてしまう。

そんな風に(大丈夫かな?)って思ってしまうと、
「現実のその場」よりも
「脳内の不安」に思考がとられてしまう。

だから私は
「安心して没頭できる環境」の必要性を
とても高く感じています。

“フォローのバトンパス”でサービスに繋ぐ

私はワガママな人間なので、

「そもそもサービスを
手にする以前のところで躓きたくない」

というのがこの記事を書いた
そもそものキッカケで、

書きながら思ったのは、
サービス提供とは別に

「いかにフォローがあるか?」

が、とても大事だということです。

といっても個人としての私は
あまりフォローが得意ではないのですが、
それでも思い返してみると、
サービス提供においてフォローがあることは
気持ち良くサービスに没頭してもらうためには
やっぱり大事だと思っていて、
日頃から気にしていることでした。

(だからこうして
わざわざ記事を書くに至っているわけで)

いくら素晴らしいサービスでも、
実際のサービスを
受け取るに至るまでの細かなプロセスで、

  • 疑問に思っちゃったり
  • 心配になっちゃったりすると、

実サービスを受ける時には
相手の気持ちが削がれてしまっていたり、
結局充分に楽しめないということも
現実多くあります。

だから、分かりやすい設計にしたり、
スムーズに進行したり、
そのための入念な準備だったりと
フォローに次ぐフォローのバトンパスで、

出来るだけ困難なく、
無事にサービスまでたどり着かせてあげる

ことは、とても大事です。

(逆に、相手が無事にサービスに辿り着いたら、
その先はその人それぞれの思考や感性を
自由に働かせてもらえたらいいので、
過剰なフォローやサポートはただの過干渉で
特に必要ないかなと思います)

って書くと、
なんか色々面倒くさそう・・と思うかもだけど、
フォローってとても小さなこと、
簡単なことの積み重ね。

さっきのお料理の例だったら、
「お待たせしています」って
たった一言声を掛けるどうかでも全然違って、

その一言で、お客さんは
よかった大丈夫だって安心できると共に
(今日はお店忙しくて大変そうだな・・)って
逆にスタッフさんたちを
気遣えるだけの余裕も生まれたりする。

フォローっていうのは、
そういう、本当に小さな気遣いを、
色んなところで散りばめてあげること。

真の価値は
「サービスを受け取った先」の
受け取り手の感性や思考の中にある

サービスを受けるまでのプロセスで、
そのサービスの扱い方や
受け取り方に疑問や心配を抱かせてしまうと、

「そのサービスを受けて
自分はどう感じたか?これからどうするか?」

というところに考えが及びにくくなります。
(お料理美味しい〜〜幸せ〜〜〜!
って、
それ以前で消耗しちゃってるから、
感じる力が弱くなってしまう。せつない)

でも、真の創出は私はその

「サービスを受けた先のその人の感覚、思考」

にあると思うから、

だとしたらプロセスで躓かせてしまうのは
とても勿体ないことだと思うし、
自分がサービスの提供者側だとしたら、
相手にそうさせてしまったら、
とても残念だなと思います。

そんなわけで、実はサービス提供よりも
フォローがとても大事なんだよ!!
というのは、多くの人が
分かっているようで分かっていない話で、

  • いかにスムーズにダイレクトに楽しんでもらえるか?
  • 思考を散らさずに充分に満喫してもらえるか?

というのは、サービスとは別に、
サービス提供者が考えていかなければ
いけないことかなと思っています。

 

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