自分を生かすこと。活かすこと。


自分を突き詰めすぎると、
もうそれでしか生きられなくなって、
逆に生きづらくなるということが
あると思っている。

そうなると生半可ではなく、
とことん自分を生かすことに
向かっていく必要が出てくる。

そのための精神力やエネルギーも
それだけ多くのものが
求められるようになる。

最初は自分を
活かしたかっただけなのが、
どんどん明らかになっていく自分に、
活かすことよりも、生かすことを
考えなければいけなくなる。

当たり前にエネルギーは
自分を生かすことに集中して、
他に向ける分量が相対的に少なくなる。

結果、社会や世の中で生きていく中で、
今まで普通に出来ていたことが
出来なくなってしまったりもして、

そのこと自体が
良いか悪いかはさておき、
社会生活の中で
困ったことも起きやすくなる。

少なくとも、今の社会では
ただの自分で生きることは難しい。

だから、自分を生かすために
自分の基準で、自分のルールで、
自分の世界を築くことが必要になるし、
事実そういった事をする人が増えてきたし、
そんな人たちに熱狂する人も増えている。

自分を生かしている人は、
自分を活かしたい人よりも
強いメンタルと多量のエネルギーを以って
命を燃やすようにして日々を生きていて、

それが正しいかどうか、
楽しいかどうか、
幸せかどうかを問うのは
愚問でしかない。

だってその人たちは
そうでしか生きられないから
そんな風に生きているのだから。

(けれどその人たちが
感じることができる幸福や喜びは、
きっと計り知れないほど大きなものだ)

自分を生かすのは大変なことだ。

だから多くの人は
最終的に程々のところで収まるか、
もしくはそんなところは
最初から目指していないのだけど、
だからってそれ
(自分を生かさないこと)は
責められることでもない。

そもそも、
日常的にやることも
考えることも多い中で
「ただ生きるため」
に全力になることは難しい。

そんなことしなくても
生きていける人は多くいるし、
むしろそういう人の方が数は多い。

活かすというのは
社会や世の中のベースがある中で
どのように使うか?
振る舞うかということだから、
活かせている人の方が、
レベルはそこそこでも
実は社会的な評価は高くなりやすい。

自分を活かすで留めた方が、
この世の中は生きやすい。

だからあまり自分に固執すると
逆に大変なことになるよねっていう、

なんかふと湧いて出た
多分「何言ってるかよく分からない」
という人が多くいそうな思考徒然。

こういうことを考えるのは
とても久し振りな気がするのだけど、
ドイツに行ったら
こういう機会が増えるかなって、
ちょっと期待もしたりしている。

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