私が2018年の目標宣言を行わない理由。新年あけましておめでとうございます。


 

おはよございます。まなです。

2018年が始まって11時間が経過・・
そんな中、今日から地元名古屋に帰省するため
東京駅待機なうな私です。

人は多いけど、
元旦だから割と落ち着いている感もあり
新幹線のチケットも2日前でもちゃんと取れたので
(むしろ帰りのチケットが取りづらかった)
時間までのんびりとお茶を飲んでいます。

2017年を振り返って改めて思ったこと

昨日は2017年を振り返って
1年とても良かったなぁと
改めて自分の「今」に静かに喜びを感じました。

日々色んなことが起こり
色んなことを感じ、考えてきた中で、
でもその1つ1つがあったから
今の自分があるんだなって思えたことが、
昨年1年の中で1番幸せなことでした。

そんな昨日の記事がこちら。
>>2017年の振り返り。2018年もどうぞよろしくお願いします。

2018年の目標、宣言、は、しません。

さて、そんな中。

TwitterやFacebookなどの
各種SNSなどを見ると
「今年の目標、宣言」が多く見られますが、
私自身は目標を立てることに
あまり積極的ではありません。

なんでかっていうと、

<目標を立てることと、
実際それをやれるかどうかは
全くもって別の話だから>

です。

目標や宣言は、色んな要因で破られる(特に私は)

目標や宣言をする事自体を
否定するすつもりは、全くありません。

なのですが。

実際のところ、

  • 目標を立ててもその通り実行しなかったり
  • 色んなイレギュラーで実行できなかったり
  • やってはみたけど向いてなかったり
  • 自分にとって、それよりも重要なことが出てきたり

色んな要因によって、
新年の誓いが破られることは多々あります。

「こうしたい」という「希望」と
「実際にできる」という「現実」が
一致するかどうかは、また別の話。

特に私の場合は、性質として「受動」が強く、
自分の元にやってきた流れに乗って
表面的な自分の道筋を変えることをしやすいので、
(そしてその結果、うまくいくことが多いので)

目標を立てても
その通りに行かないことの方が圧倒的に多く、
目標を立てることそのものに
意味を感じづらいというのがあります。

結局のところ、1日1日を淡々と重ねる事が何より大事

そもそもの話、
新年を迎えたからといって
自分自身が劇的に変化するなんてことはなくて。

2017年を生きていた昨日の自分と
2018年を生きている
今日の自分には大した違いはないし、

1月1日という日に関しても、
いくらお目出度い日であったとしても、
俯瞰して見れば、
<365日の中の平等な1日>に過ぎません。

もちろん、目標を立てたり宣言したりすることが
物事のコミットに繋がり
1年を通じて達成できる人にとっては、
目標を立てることはとても意味あることだと思うので、

そういう人たちは
「新年という心新たになる日を」活用して
目標、宣言をしたらいいと思うし、
良きスタートダッシュを切ったらいいと思います。

ただ、私はそういうタイプではないのだよなぁ
っていう、ただそれだけのこと。

「目標とか立てなくても、
毎日やること淡々とやればいいんじゃない?」

とか思っちゃう人です。身も蓋もないけど。

周りのムードによって浮き足立つ事を避けたい

むしろ私の場合、多く流れてくる
目標や宣言、決意表明などを目にすることで
「私もそうしなきゃ」となって

  • 気が焦ってしまったり、
  • 余計な負荷を自分にかけてしまったり

する方が怖いなと感じます。

そうすると簡単に自分を見失って
不要な努力や無意味な感情の揺れ動きに
エネルギーを費やす事になってしまうので、
この文章は、ある意味
「自戒」として書いたところがあります。

だってやっぱり、
多数の大きな流れを目にすると、
揺れて流されやすくなっちゃうんだもん。

まとめ

そんなわけで。

新年あけましておめでたい本日ですが、
私は特別何かを宣言するでも行うでもなく、
他の日と同じように
「自分のスタンスや在り方」をもって
今年をスタートさせていきたいと思います。

今日は今から名古屋帰省です!

名古屋は地味に寒いので、
あったかくして行ってきます*