1年半ぶりの短い髪と、日常の中に潜む些細なストレス。

 

約1年半ぶりぐらいに、髪を短くした。

胸まで伸びた髪を20cmぐらいバッサリ切ったら、
頭がとても軽くなって、
色んなストレスが一気に消えた。

毛先を切りそろえたりカラーをし直したり、
必要最低限のメンテナンスを経て長く伸びた髪は、
特に理由があって伸ばしていたわけではなくて。

ただ単に、特に短くする理由と、
モチベーションがなかっただけ。

そして今回短くしたのは、
そのモチベーションが上がったから。

 

***

GWに実家に帰ったら、
3つ歳下の妹が髪を短くしていた。

良く似合っていたその髪型に、

「髪、いいね。私そっちの方が好き」

そう口にした次の瞬間に、
私の中で髪を切ることが決まった。

(だって妹と私は、姉妹だけによく似ている。
つまりは私も短くしたら、可愛くなるに違いなかった)

***

 

実際に髪を切ってみたら、
そこには軽やかな自分がいた。

元々髪は短いのがデフォルトだったから、
鏡の中の自分に特に違和感もなくて、
どちらかというと「あ、戻った」という感じ。

そして思った通り、髪を切った私は可愛くて。

けれどそんな事よりも、
髪を切った事で激減したストレスの方が、
私には嬉しくて、そして衝撃だった。

 

短くなった分、髪の重さがなくなり、
顔や体に毛先がまとわりつく感覚もない。

バッグを肩にかけた拍子に、
髪を持ち手に挟んでしまうこともない。

短い髪が、こんなにもストレスフリーだなんて!

髪の長さによる日常のストレスは、
意外と高い比重で自分にかかっていたらしい。

その事実に驚き、考えさせられると同時に、
今回髪を短くしたことで
そのストレスを手放すことができたのが、
とても嬉しかった。

 

私たちは、日常的に色んなものを感じている。

今こうしてカフェでブログを書いている最中にも、
耳は店内のBGMや人の会話を拾っているし、
目はパソコン画面に打ち込まれる文字を追っている。

指先も、脳命令に従ってキーボードを叩き、
その度に無機質な金属を感じている。

 

感じ取っているものの中には、
心地良いものもあれば、心地良くないものもある。

けれど、日常的に感じ取っているものに関しては、
自分の快・不快はさて置いて
「だってそういうもの」として
処理してしまっていることが多い。

タバコの煙や排気ガスみたいに
分かりやすく有害なものに関しては、
不快と判断して、まだ意識的に排除できるけれど、
「これぐらいなら、まぁ平気」なものに関して
私たちは、スルーしがちだ。

 

その結果、本当は自分にとって
心地良くないものであったとしても、
意識的・無意識的に関わらず
そのまま受け入れてしまっている事は、
実は少なくない。

伸ばされていた髪によって
私が負っていたストレスも、その内の1つ。

(とは言え、髪を長くした事によって
女性らしいヘアアレンジを楽しんだりもしたので、
全てがストレスだったかというと、
そういう事でもなく)

 

今回髪を短くしてみて、
自分の感覚にもっと敏感でありたいと思った。

意識の中にあるのに
スルーしてしまっているものはもちろん、
無意識の内に受け入れてしまっているストレスは、
できるだけ自分から取り除いていきたい。

そうしたら、もっと軽やかに、
自分を研ぎ澄ませていけると思う。

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